ふくろう通信

平成30年01月01日
米山 昌英

触れあえばみんな世界の
        石ばかり (三島・龍沢寺 中川 宋淵老大師)


元旦の朝、若水を汲み、神にささげる、静かに端坐して
自らの来し方を正す。
今年も頂いたご縁を大切にしながら、
大いに精進したいものです。老人の初発心ほっしんです。
人生を豊かな心をもって明るく暮らすには、
3つの「しんせつ」を実行することが大事である、
という玄峰老大師の教えです。
「人に親切」。「自分に辛切」、「法に深切」

(龍澤寺・中川宋淵老大師)


傘寿を過ぎてなお、生かされている只今のに、ふかく深く感謝し、新しい年を元気で迎えられる慶びでいっぱいです。
どうぞ本年もよろしくお願い申し上げます。

合掌

平成三十年元旦


 新しい年を元気に迎えることが出来て、こころよりうれしく思います。
 私の様な年を取ったものから見ると、人様とのご縁というのは、ほんとうに不思議なものである、ということを折に触れて感じることがある。
 昨年暮れのある土曜日の朝、私の事務所にひょっこり見知らぬ人が訪ねて来られた。
 受付の女の子が「会長、お百姓さん風の方(失礼!)が、米山さんにと言って訪ねてきました。どうしましょうか。」「お会いしよう。」と言って、お目にかった。
 「私は、小田急電鉄さんの経営しているハイアット・リージェンシー東京の社長だった荒屋正年君の慶応大学時代の親友で、いま河口湖の近くで司法書士を開業している渡辺金一郎と申します。実は、しばらく振りに荒屋君に会いたくなって、ハイアット・リージェンシー東京のホームページを開いたら社長が替わっているので、びっくりして、どこの部署に居るかインターネットで検索してみると、お宅の「ふくろう通信」が出て来て、荒屋君が亡くなったことを知り驚いて、上京してきました。詳しいことを是非、知りたい。」ということであった。
 私も驚いて、その後の予定を変更してゆっくりお話をすることにした。
 積もる話に花が咲いて、荒屋さんの思い出話に時間を忘れるほどであった。
 その後、渡辺さんから二度ばかりお便りを頂き、荒屋さんの取持つご縁のお陰でお互いの友情を深めることが出来た。
 新年の13日には、わざわざ事務所に再訪して頂き、年賀状代わりにお手紙を頂いた。実に親友に対する愛情を感じるお便りで、ご本人のご了解を得て、ご披露することにした。
 「年賀状を頂き、ありがとうございました。私は、年賀状は出さない主義ですので、ご理解ください。
 昨年中に荒屋君を訪ねて、霊前でご挨拶をしようかと何度も、何度も迷いましたが、痴がしいとの思いから伺うことはやめて、ご自宅に荒屋君への手紙と香を送りました。
 私が八幡山を通過するときに「オーイ、金ちゃん元気かイ!」と声を掛けてくれる荒屋君が私のこころの中に生きています。
 奥さんにも伝えました。「これからはお互いに荒屋君の分まで人生を楽しみましょう。仮に、もう一度この世に生を受けることがあるとすれば、50年前の4月と同じように日吉の教室で荒屋君に会いたいものです。」、「でも、もう一度会いたかったです。」
このように慕われる荒屋さんは、いったいどの様な人柄でお付き合う人々を魅了し続けるたのでしょうか、味わうほどにその濃厚さが滲み出てくるようである。
 「人とタバコの良し悪しは、煙になって初めて判る。70より80、80より90、90よりも100、100よりも死んでからだ。死んでからが大事じゃ」

(龍澤寺:山本玄峰老大師)

 玄峰老大師の大音声が聞こえてくる様である。
 どうか、荒屋さん安らかにお眠り下さい。あなたが、渡辺さんを私にご紹介して呉れたのですね。あの世に行っても、私共を気遣ってくれる貴方のお心に心から感謝しています。
 さあ、今年も心新たに、元気で頑張りましょう。 



合掌




米山 昌英