株式会社テリオ

ふくろう通信

一庵に日も月も入る

       秋の風

(三島・龍澤寺 中川 宋淵老大師)

令和3年10月5日

今年の敬老の日、ドナルド・キーン氏の息子、キーン誠己さんの「高齢者を敬う美徳」という短文が東京新聞に掲載された。

      「以下原文のまま」

・「亡くなる8カ月前、JR山手線に乗った時のことである。午後の早い時間でしたが、混んでいて、優先席を若い男性が占拠していた。それを見た父が、驚いたことに突然、演説を始めたのです。」
・「ここに一人の老人が立っています。あなたたち日本人は礼儀正しく、弱い立場の人に対し、優しい思いやりのある方達だと思っていました。私の考え方が間違っていたと思いたくありません。大変失礼ですが、どうぞ皆さん、反省してください。」
・「日本にはもともと血縁や地縁による相互扶助がしっかりと根付いている社会である。押しなべて高齢者を大切にする「日本の美徳」として、ドナルド・キーン氏は認識していたという事であります。」
・「それは日本人へのドナルド・キーン氏の最後の遺言だったかもしれない、」という短文であった。

84歳を過ぎて、最近病気の妻を連れて、JR中央線を利用することが多くなったので、特に同様な事態に立会うことが多く、とても他人事とは思えないのである。人様のご厚意に甘えて、席を譲って欲しいとは、特には思わないが、それでも率先して席を譲って下さる方にお目に掛かることが多くなった。

席を譲って下さる多くの方は、比較的落着いたご年配の方や、サラリーマン風の方、学生さんに多い。ほんとうに申し訳ないと心から済まなく思うことがある。学生さんが、「どうぞ!」といって気持ち良く譲ってくれた時には、清々すがすがしい気持ちでとても嬉しいものである。

しかし、ドナルド・キーン氏のご指摘の通り、優先席に座る若い通勤風の女性の中に、無神経な方が居るような気がすることがある。

ある日の朝の出来事である。いつものように妻を連れて、電車に乗った時、優先席でお化粧をしている若いOLらしき女性にお目にかかった。目の前には老人と病気持ちの妻が立っている。しかし優先席をお化粧室にして、だれはばかることなく化粧している女性は、そんなことは眼中にない。見るに見かねて、お隣のサラリーマン風の方が、立って下さった。折角、座って疲れた体を休めている男性に、心から済まなく、申し訳なく思った。

私たちは、席を譲って頂いた時には、「有難うございます。申し訳ありません。」と言って、有難く行為を受けることにしているが、二人の方が席を立って下さった時には、「私は大丈夫です、妻は有難く座らせて頂きます。」と、一度はお断りするが、それでもという時には「ほんとうに助かります。ありがとうございます。」と心易く受けることにしているのである。

このところ妻に席を譲って下さる方が、特に目立ってきた。妻の病状を考えて、譲って下さるので、有難く座らせて頂く事にしているが、何かご恩返しする方法は無いものかとずっと思案しているのである。

思いついたのは「心の百円箱」と勝手に名付けた恩返しの箱である。

いまの私達は、受けた御恩を心の負担にししつづけてはいけないと思うのである。恩詰まりは、良くないと思いついたささやかな方法である。

「一人一回、席を譲って頂いた時には、自分の財布から100円を箱に入れる。」という習慣を夫婦で続けて行こうと思っているのである。

この「心の百円箱」を将来、どのように生かすか、いまのところは、まだ始まったばかりで未知数であるが、琴線に触れる「啐啄そつたく同時」が自然に訪れると心待ちしている所以ゆえんである。

老境を迎えた只今の私達には、受けた御恩を、世の為、人の為にお返し出来る様な、おおそれたことは出来ない。ただ己の心の負担を軽くする程度のことである。受けるだけの日々では、誠に心苦しい。

敬老の日、ドナルド・キーン氏の出来事を読んで、改めて考えさせられた一日となった。
 

合 掌

米山 昌英

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