株式会社テリオ

ふくろう通信

ひたすらに風が吹くなり大旦

(三島・龍澤寺 中川 宋淵老大師)

天に地に霊気みなぎる心の春を迎えました。
清々しい冷気のなか、静かに一炷坐り生気を養う。
混迷を深める新しい歳を「一大事とは只今のいまなり」と肝に銘じて精進いたすつもりです。
袖触れ合うも他生のえにし、頂いたご縁を大切に、しっかり和合して参ります。
玄冬の門をくぐって既に久しく、なお生かされている今に深くふかく感謝し、新しい年を元気で迎えられた慶びでいっぱいです。
どうぞ本年もよろしくお願い申し上げます。
皆さまのご健勝を心よりお祈り申し上げます。 合 掌

 令和三年元旦
   株式会社 テリオ
   代表取締役社長 米山 昌英

穏やかな元旦である。元朝の粛々とした冷気にひたると昨日と同じものを目にしながら、何故か全てが新鮮に見え、心地よく感じられまる。大切な歳の始まりである。ありがたい「心の春」である。

国立くにたちに家を建てた最初の元旦の朝、バイクに乗った管理職風の郵便配達人が、
「おめでとうございます。年賀状です。」といって、分厚く抱え切れないほど積まれた年賀状を、わざわざ玄関先まで届けて呉れた時の感激と驚きは、前にも「ふくろう通信」に書いたところである。

やはり年賀状を沢山戴くのは、新年にお年玉を頂くようで、83歳を過ぎてもうれしいものである。

昨年からご遠慮させて頂くつもりであった年賀状も、こちらが現役で仕事をしていると、全く書かないというわけには行かないのだ。今年は1,500枚に限定して、やはり書くことにしたのである。

永い間、年賀状を頂いていると、いつも心に残る年賀状を何枚も頂くことがある。

私が、毎年大切に保管している年賀状の中に、日本画の大家である牧 進画泊、今は亡き大徳寺の管長福冨雪底老大師(室号似庵)、臨済宗妙心寺派僧堂師家松山寛恵老大師(室号臥雲)、老大師亡き後の師家、雪丸令敏老大師達の年賀状は、思いやりの心と温もりに溢れていて、読みながらいつも何ほどかの感慨を抱かせて呉れるものである。

特に、日本画の牧 進画伯の年賀状は、新年の干支をわざわざ肉筆で書いた、大変手間暇かけた優れた賀状を下さるのである。既にその数は、十二支が二回ふたまわりしてお釣りがくる位の枚数になったのである。わが家の大切な宝として保存しているところである。

生前頂いた雪底老大師、臥雲老大師の年賀状は、いつも墨痕鮮やかな墨絵で干支をしたため、ある時は表装出来る様に、ある時には、色紙として飾れるように工夫して、送って下さるのである。そこには、何方どなたも真似のできない人肌の暖かいぬくもりが、そこはかとなく感じられて、とても嬉しいものである。

地縁、血縁のない異郷で事業をする者にとっては、出会った人様ひとさまだけが何物にも代え難い財産である。

縁をつなぐという意味では、年賀状は最も大切なツールとして、絶対に必要なものである。60年間そのように信じて書き続けて来た。

今は亡きセンチュリーファイアット東京の荒屋社長(当時)が、
「米山さん!人間関係をつなぐにはメンテナンスをしないと駄目だよ」、と教えて下さった。
年賀状はそのメンテナンスには、大事なツールの一つである。謙虚に処世の教えと受止めて、座右の銘として、大切にしているところである。

どうぞ今年もよろしくお願いいたします

合掌

米山 昌英